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初めまして。

なおじゅんと申します。

現在は人生再生サポーターとして活動をしています。

趣味は読書、飲みに行く事、知らない人と会う事、知らない価値観に触れる事、オセロ、哲学、心理学、自己理解。

ドラゴンボールが大好きで、好きな食べ物はラーメン。

略歴

1985年4月25日生まれ、神奈川県逗子市出身。

現在は新潟県長岡市で暮らしています。

小学時代

学校での成績は中程度で、苦手な事は暗記。

とにかく落ち着きがないと言われました。

私は小学生のころから、ゲームが大好きでした。

父がゲーム大反対派だったため家でゲームは禁止でした。

恐らくその反動が強かったんだと思います。

ゲームをする目的で友達の家によく行ったりしていました。

親の目を盗んでゲームボーイとポケモンを入手した時は、寝る時間を惜しんでゲームに没頭していました。

小学生の頃はそれなりに元気な少年だったと思います。

中学時代

勉強が本当に追いついていかず、成績が極端に悪くなりました。

別に教師に反抗していたわけでもありません。

頑張って授業を受けようと思っても、右耳から左耳に言葉が流れていくだけでした。

中3の成績が5段階で1と2しかなかったのは覚えています。

私の中学生の大イベントとしては、姉がスーファミを入手してきたこと。

ただで譲ってもらえたらしいです。

ソフトもいくつか貰って来ました。

何のソフトがあったかは1つしか覚えていませんが、私はスーファミとFF5を手に入れてしまったのです。

FF5は今思い出しても面白いゲームだと思います。

思いっきりハマりました。

その後、小学生の時にプレイ出来なかったドラクエとFFを、むさぼるようにプレイしました。

小学生の頃は公園で通信ケーブルを使ってポケモン対戦とかやっていましたが、スーファミの登場で極端にインドア派になりました。

この頃、家にインターネット環境が出来てしまい、私はゲームとネットに大ハマりしました。

こうなると外に出る気も起きなくなります。

更に、某巨大掲示板が世の中に出現。

私は、某巨大掲示板を見る事が増えていきました。

この頃から、私は他の人と考え方が違ってきたと思います。

簡単に言って、他人を見下す習慣がついてしまいましたね。

完全にクソガキ扱いされていたと思います。

ですが、ゲームをする友人からは、この当時にネット環境を持っている人は希少価値が高く、ゲーム攻略本扱いされていたので重宝されていました。

これは割と驚かれるんですが、中学までに会った人の中で今でも交友のある人間は、家族以外は完全に0人です。

高校時代

中学の成績が悪すぎたため、高校は選べませんでした。

それなりに荒れている学校に通う事になりました。

今思うと笑ってしまいますが、この頃から、特に理由も無く見下すクセがついてしまいました。

某巨大掲示板を見ていた私にとっては、荒れている人が多い周りの奴らは、完全に見下す対象でしたね。

人を馬鹿にする人は、結果的に他人から馬鹿にされます。

今考えると、馬鹿だったのは圧倒的に私でした。

成績が悪い人が集まるような高校に行った人なら分かると思いますが、授業の内容や勉強の難易度が、中学より低くなりました。

その理由は単純に、成績が悪い人が集まっているからです。

苦手だった英語の授業のテストで、1週間の曜日を英語で書けるレベルで、合格点をもらえる感じでした。

なので、努力をしなくても出席していれば卒業できました。

勉強できないから卒業出来ない人は全然いません。

ですが、出席日数が足りずにダブったり中退する人は結構いましたね。

私は、この頃から人生がつまらないと思い始めました。

その理由は、将来に希望も持てず、同じ日々の繰り返しだったからです。

家に帰ってネットやゲームをするのがメインの日々。

好きなゲームジャンルがRPGでハマリにハマるタイプだったので、高校生の時点で孤独なインドア派に成長。

たまに人と会ってる時も「帰りたい」と思ってしまう。

その理由が「ゲームしたい」から。

完全にクズでした。

ちなみに、高校生の記憶の中で一番鮮明に覚えているのが、プレステ2とFFⅩを購入した事です。

FFⅩをクリアした時の虚無感が忘れられません。

結局のところ高校時代は、ゲームしてた事が一番印象深いです。

ちなみに人生で一番プレイしたゲームはロマサガ3です。

専門学生時代

色々と説明が面倒なのであまり書かないようにしてますが、専門学校に通っていました。

専門学校に行った事自体が、今考えても謎です。

ちなみに、専門学校に行った理由は、親から大学か専門学校か、どちらかに行けと言われたからです。

大学に行けるはずが無い私は、服に詳しい姉の影響もあって、服の専門学校に通う事になりました。

全く興味がない専門学校に通う日が始まったのです。

今考えても、マジで意味がわかりません。

やりたい事なんて無いうえに、どんな仕事をするかもわかっていないまま、私は専門学生として学校に通いました。

入試とかで苦労しない代わりに、高い学費を両親に払ってもらう事になりました。

最悪な事に私は、この頃からパチスロを始めました。

ゲームからパチスロに完全移行しました。

オチを先に言いますが、私は専門学校よりパチスロを優先した結果、卒業できませんでした。

家のお金の事情を知らなかった私はあとあと知る事になるんですが、金銭的に両親にかなり迷惑をかけていました。

学校をサボってパチスロに行く日々がスタート。

私は、何とか2年制の学校で2年に上がる事が出来ました。

ですが、もともと大して興味の無い専門学校に行く理由は、あまりありません。

私は、学校よりパチスロに熱中しました。

2年3学期、そろそろ卒業です。

私は専門学校の最後の期末テストに対して、勉強なんて一切せずに挑みました。

その結果、単位を落とした私は、専門学校を卒業出来ませんでした。

私は、退学届けを提出しました。

しかも、それは卒業式の日でした。

卒業式では退学届けを出して、その帰りに学校では誰とも会わず、パチスロを打ちに行きました。

無職時代

専門学校を中退した私は、マジでやる事が無くなりました。

家にいても仕方が無いので、ゲーセン行ったりパチスロに行ったりしました。

この頃に麻雀格闘俱楽部にハマっていた私は、結構な勢いで黄龍になりましたね。

相変わらずインターネットでネガティブな情報を見続けていて、炎上に便乗したり、誹謗中傷や攻撃を繰り返したり、何かしらのアンチスレに滞在したりしていました。

もちろん、すべて匿名。

そんな事をしてしまう理由は、下を見ることや、悪い事をした人間を叩くのが楽しくて仕方がなかったからです。

そして、そんな事をしている自分の事が、どんどん嫌になっていきました。

ですが、それを間違えていない事だと言い聞かせるために、同じような行動をする人と傷の舐め合いをする人間関係だけが残っていく。

人は、陰でコソコソと他人を馬鹿にすれば馬鹿にするほど自分の事が嫌いになり、自分に自信を失い、人生そのものがどんどん悪くなる事を、この頃は全く知りませんでした。

そんなつまらない人生を突っ走ってしまう事に。

結果的に26歳までプラプラしながら、パチスロを打つ日々を繰り返していました。

ちなみに、私が当時一番好きな台はサンダーVスペシャル。

好き過ぎて、購入しました。

頭がおかしいと思う人も多くいるかもしれませんが、パチスロの実機が家にあったのです。

孤独を紛らわすために、家でパチスロをしながらニコニコ生放送でパチスロ動画配信をしていた時期もあります。

リール配列や制御についての熱意は、結構強かったと思います。

ちなみに、私はこの頃に友人と呼べる人は全員パチスロを打つ人でした。

人数的に、10人もいません。

それなのに、ニコニコ生放送をしている事が2人の友人にバレました。

私は、友人に見られる事が嫌で、生放送を止める事にしました。

この頃は、無職だったりフリーターだったり、アルバイトは主に日雇いの派遣でした。

26歳で初就職

26歳で仕方ないという思いで初就職。

就職した理由は、生活が出来ないからです。

私は介護の仕事をする事になりました。

志望理由は「入りやすそう」だったからです。

人手が足りてないので、介護業界は就職しやすいと思います。

そんなこんなで、私の就職生活がスタートしました。

この頃には思考回路はかなりクズに落ちており、仕事は不真面目、努力した事は、どうすれば仕事中バレずに携帯をいじれるかでした。

会話や説明が下手で、自分でも何を言ってるか分からない事が多々ある状態。

専門学生までは良かったんですが、20歳を過ぎてからコミュニケーションを取るのが、本当に下手になって行きました。

仕事中はミスを多発し、全く改善出来ません。

その理由は、自分の頭が悪いからだと思っていました。

仕事を頑張ろうともしない結果、仕事で努力することを放棄しました。

毎日無駄に時間を潰すだけ、家と職場とパチンコ屋に行くだけのつまらない日々。

特に理由も無く周りを見下す性格のせいで人間関係も上手く行かず、職場で孤立する存在になりました。

ですが、表面上ではある程度へこへこしていたので、クビにはなりませんでした。

スマホにラインを入れた結果、ほぼ全ブロック

私は、流行りものに手を出したくないという邪魔なプライドを持ち合わせおり、なかなかラインを導入しませんでした。

この頃は、3人のパチスロ仲間が残っており、3人とも連絡をラインに移行した結果、「お前も導入しろよ、面倒だから」と言われたのを覚えています。

ラインを導入しない人は、連絡を取るのが面倒な奴になります。

私は仕方なくラインを導入しました。

その時、私の連絡先一覧から、過去の友人の名前がラインの友達一覧に現れたのです。

私は冷や汗をかきました。

専門学校以前に会った過去の友人に、今の自分を知られたくない。

そう思った結果、私はパチスロ仲間の3人以外をブロックしました。

自分に「オタク」というステータスをつけるための努力をし始める

無職を経験した人なら分かると思いますが、無職なら時間が大量に余ってしまいます。

そうすると、時間つぶしが必要になるんです。

私は、20歳を超えたあと、ゲームをやる頻度が減って行きました。

結果的に、アニメを見る事が増えて行きましたね。

アニメばかり見ていると、他に面白いアニメを見たい欲求が高まったりしてアニメについて色々調べたりします。

作品や声優の事を、どんどん覚えていくんですよね。

20歳ぐらいから30歳ぐらいまで、結構な数のアニメを見ていました。

私は、オタクというステータスを、自分につけようと努力さえしました。

こういう人、私だけではなく、結構多いんです。

ちなみに、私にとってオタクというものは、オタ趣味に対して、自分の本心がどう思っているかが決めると思っています。

本物のオタクは、一切のうしろめたさ無しで作品を愛しています。

これ、普通にかっこいいと思うんですよ。

逆に、中途半端なオタクになろうとしていた私は、オタ趣味に対して、どこかうしろめたさがありました。

これが一番かっこ悪い。

ちなみに、オタ趣味にうしろめたさを持ってしまっている人は、現実逃避の為にオタクというステータスを手に入れようとする特徴を持っています。

オタクグッズを家に購入した経験がありますが、過去に1度友人が家に来た時に、あまりのうしろめたさに捨てる事を考えました。

本当に好きなら、力説すればよかったんです。

そんな事が出来ない私は、うしろめたいと思ってしまうものを、全部売却しました。

パチスロだけが癒し

つまらない人生の中で、パチスロだけが癒し。パチスロに人生を捧げていました。

リール制御、リーチ目、最短ボーナス察知、リール配列を見ながらどの手順で打てば最も熱く楽しく打てるか、そんな事を考えられる楽しい台に魅了され、家に実機を購入してまで遊ぶ始末。

人生=パチスロでした。

しかし、人生を捧げたパチスロが時代とともに劣化していき、つまらなくなりました。

人生=パチスロだと思っていた中で、唯一の癒しのパチスロがつまらなくなっていく、耐えがたい絶望感でした。

人生つまらないと思いながらも10年以上続けていたパチスロが本当につまらなくなってしまい、嫌になりました。

それでも、パチンコ屋に行きました。

その理由は、長年の習慣は変える事が出来ないから。

わざわざ嫌いになったパチスロを自らストレスを溜めに打つ日々。

唯一のストレス解消法が、まさかのストレスの原因に。

体調を崩し退職

この時期は、ここに書き切れないレベルで様々な事が重なりました。

1番目に、父が脳卒中で倒れた事。

2番目に、私自身がインフルエンザになり、それを職場にバラまいた事が大きかったと思います。

私は体調を崩しました。

その3ヶ月後に退職する事になったのです

割と真剣に人生に絶望

私は退職した数日後に、無趣味素人童貞無職引きこもりニート鬱酒浸りの30歳になって、人生に絶望しました。

その結果、楽しい人生を歩みたいと思ったのです。

30歳になった時点で、学歴、スキル、一切無し

私は30歳になった時、何のスキルも持ち合わせていませんでした。

あえて言えば、パチスロの知識と、前職の介護の知識ぐらいでしょうか。

介護の知識はいざという時に役に立つかもしれませんが、両方とも今後一生使わない知識になるかもしれません。

ですが、30歳から様々な事を学びました。

読書をすればするほど良い人生になっていくのを感じた結果、私の一番の趣味は読書になりました。

読書が趣味というより、新たな知識を取り入れるのが趣味です。

ちなみに、読書が好きかと言われると、正直微妙です。

活字を読むのは面倒だと思ってしまいます。

ですが、より良い人生を歩むために読書をする事はこれからも一生続く事でしょう。

30歳になった時点で、学歴、スキル、一切無し。

そんな人生をやり直すために、私はハローワークへ行きました。

職業訓練校に通う事に決めた

あまり覚えていませんが、ハローワークの何かしらの集まりに行ったら、その時100人ぐらい集まっていたんじゃないですかね。

無職多すぎ!って思いました。

そこで、職業訓練の紹介がありました。

職業訓練校の紹介している人が言っていた中で、今でも印象に残っている言葉があります。

「職業訓練校は就職率90%で、クラスメイトと共に活動出来るのでモチベーションも保てます」的な事を言っていました。

私は、職業訓練校に魅力を感じ、職業訓練校に通う事に決めたのです。

結果的に言いますが、このセリフはかなり事実でした。

ちなみに、職業訓練に通う事に決めた時、証明写真を撮りました。

この頃は、割と回復してきた頃ですね。

なんというか、犯罪者が、検挙された時の映像と、卒アルの写真しか残っていない事が多い理由がよく分かりますね。

高校の卒アルから30歳までに残ってる写真はこれだけなので、あまり載せたくないんですが、載せます。

うわぁぁぁ・・・・・

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はっきり言って、30歳から数年経過した今の方が、見た目が断然若いと思います。

「内面は外見に表れる」とか「人格が変わると表情や顔が変わる」とか、そういう話が事実だと分かる一例ですね。

ラーメン二郎全国制覇

私が職業訓練に通う事を決めてから職業訓練に通うまで1ヶ月以上の間があり、暇な時間がありました。

その期間に何をしようか考えた結果、私は大好きだったラーメン二郎(当時全39店舗)を、全部回ってやろうと思いました。

ラーメン二郎はほとんどが関東に存在するので、当時神奈川に住んでいた私は近所にあるラーメン二郎は、かなり制覇していました。

ですが、ラーメン二郎は仙台、北海道、栃木、茨城、割と遠くにも存在します。

私は、ラーメン二郎を全店制覇するための計画を練りました。

もはや旅行ですね。

北海道にある札幌のラーメン二郎にも行きました。

ちなみに基本コールは「ニンニクマシマシアブラカラメ」でした。

私は、目標に対して全店舗をきっちり回った時は、かなり達成感がありました。

ただ、この時は人生で一番体重が多かったですね。

この頃は、色々な事をやりました。

初めて魚釣りをしに行ったり、山に登りに行ったり、知らない人と出会うようにしたり、神社をめぐったり。

とにかく自分がやりたいと思っている事をやってみるようにしました。

職業訓練校に通う

正直、この時すでに人生が楽しく感じられていました。

私は、この頃から仲間という存在を意識し始めました。

ラッキーな事に、職業訓練校で一緒になった私のルームメイトには、ポジティブな人や意識の高い人が多く含まれていました。

これは確実に言える事ですが、友人や、仲間の存在は、人生そのものを、かなり左右します。

ネガティブな仲間といれば、自分も確実にネガティブになります。

ポジティブな仲間といれば、自分も確実にポジティブな影響を受ける事になります。

この頃から私は、出来るだけ人生に対してポジティブな姿勢を持っている人と関わるように心がけました。

そうすると、私の人生は物凄い勢いでうまくいくようになっていったのです。

退職してから8ヶ月後に再就職する

会社的に詳細は言えませんが、私は再就職した結果、心機一転、新潟に引っ越す事になりました。

私の人生は新潟で再スタートを切る事になったのです。

私はつまらなかった人生が楽しくなった経緯を書き記し、世の中に伝えたいと思っていました。

人生再生サポーターとしての活動を開始する

私は熱意を文章にする事は出来ますが、頭は全く良くありません。

今の会社で私の事を頭がいいと思っている人は、全くいないと思います。

ですが私は、つまらない人生の原因を解消する12stepを超えて生きて来ました。

私は現在は普通にサラリーマンをしています。

2019年4月からフリーランスになるために、私は人生再生サポーターとして活動を始めました。

人の悩みのほとんどは人間関係の悩み

私が30歳を過ぎてからの人生で得た経験や、新たに取り入れた知識は、30歳以前の私が喉から手が出るほど欲しかった情報です。

30歳以前の私のような人がもしいたら、私のブログの内容は楽しんで見る事が出来るかもしれません。

私が特に詳しいのは心理学で、心理学者と会ったりセミナーに行ったり、心理学に関する本は70冊以上読んでいます。

ネット上でも人間心理に関する膨大な数の無料情報や有料情報を知っているので、私の知識が人の悩みの解決に使えないわけがないと自負しています。

人の悩みは80%以上が人間関係なので、心理学やコミュニケーションを学ぶと、人の悩みの多くが解消されます。

そういった、現在の私が大切だと思っている数々の事は、学校や会社では、誰も教えてくれません。

私は、日本の教育に対して、怒りを覚えるレベルで疑問を感じています。

人は、幸せになるために生まれてくるんですよ。

ですが、ネガティブを増長させるような不幸せな教育が蔓延しているのが、敗戦後の日本です。

5の成績に注目せずに1の成績を上げさせて、答えが一つしかない問題を丸暗記させる。

そんな個性を潰して出る杭にならない教育をした結果、日本は先進国で一番不幸な国というデータが出てしまうほどになってしまいました。

ちなみに、他人と自分を比べると、人は簡単に不幸になります。

なぜなら、上には上が必ずいるからです。

上と比較すると、挫折感を味わうわけです。

自分は自分、他人は他人、それが分かっていれば、自ら不幸にならずに済みます。

なので、海外の義務教育では他人と比較するような学力テストがない国もあります。

それなのに、私たち日本人は学校教育によって周りの人間と比べられて生きてきました。

そうすると自分に自信を失う人が続出するので、少子化が進んだり、人口が減少するのは当たり前です。

私は、不幸せな人と幸せな人の気持ちが両方理解できると思っています。

そんな私に出来る事は、幸せになれる方法を発信する事です。

受け取ってくれた方が幸せになる事を心から願っています。

人生再生サポーター

なおじゅん

PS

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